2015年10月23日

映画のすすめ

10月23日、24日、25日はJIA鹿児島地域会の主催で映画祭を行います。
場所はマルヤガーデンズ7階の映画館です。

2015映画祭ポスター.jpg

<誰も知らない建築の話>
今、建築家は何を考えどこに向かっているのだろうかー
建築界の最重要人物たちが本音で語る「建築の未来」とは?
華々しい国際的評価を得ながら、職能としての「建築家」が根付かない日本
国際化を迎えた70年代からの記憶とともに、揺れ動く日本人建築家たち

1982年、アメリカ、シャーロッツビル。当時、世界を代表する超一流建築家が一同に会し、建築の未来を 議論する伝説的な国際会議が開かれた。その名は「P3会議」。日本からは磯崎新が2人の無名の若手を伴って参加する。後に世界的な建築家へと成長する安藤 忠雄と伊東豊雄であった。そして30年後。建築家たちが初めて当時を振り返る取材に応じる。数々の証言が織りなす日本建築史の舞台裏。それは高度に資本主義化した社会で、何をどう生み出すのかという彼らの夢と挫折の歴史。バブル経済がもたらした功罪や、公共建築のあるべき姿も問い直されていく。

<フォスター卿の建築術>
ロンドンをガラスの都市に変えた男
イギリスに"モダニズムのモーツァルト"と評される建築家がいることを知っているだろうか。ロンドンを訪れたことがある人なら、ノーマン・フォスター卿の設計した圧倒的に優雅な建築物をいくつも目にしているはずだ。大英博物館グレート・コート、ミレニアム・ブリッジ、スイス・リ本社(通称ガーキン)、ロンドン市庁舎など。その活躍はイギリス国内に留まらず、世界中で多くのプロジェクトを手がけ、国際的な評価を受けている。
現在78歳のフォスター卿はノートと鉛筆を携え地球を飛びまわる。ロンドンを中心に世界20か国以上の拠点を設け、70年代から建築界の最前線を走ってきた。イギリスのマンチェスターで生まれ、モダニズム全盛のアメリカで建築を学んだ後、設計事務所を設立。鉄とガラスを多用し構造体を外部に露出させたハイテク建築で独自のスタイルを確立。その建築は革新性と洗練を兼ね備え、リチャード・ロジャース、レンゾ・ピアノと並ぶハイテク建築の御三家の一人として世界に名を広め、エリザベス女王より貴族爵位を与えられる。
posted by sensyou at 20:27| Comment(0) | ご案内
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